日々のよしなしごとや、魂が感じ取ったありのままの日常を、「AKIRA」というフィルターを通し書き綴っていく日記&写真です。
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見えるところから / AKIRA -2009年10月29日 9時49分-
口は達者だけれど肝心な気持ちが恥ずかしくて伝えられない。稀に言えたとしても、その後2時間くらい心臓をバクバク鳴らしているくらい小心者のわたくし。

でも確実に言わないと伝えられないこともある。


先日、近江八幡で最近つるんでる障害者劇団・まちプロ一座の公演があり、私もミュージシャン役で出演させてもらって来た。主演はsmileの作詞者・森島恵さん。

続きはまた後ほど。

続きです。

脚本はこれまた自身体に障害を持つ劇作家の小石哲也さん。手話歌を華麗に舞う表現者でもある。

みんながそれぞれに自分に割り当てられた仕事をしっかりしながら、お互いを気にかけ盛り上げる。厳しさと温かさが同時にある大変いい空気感だ。


ストーリーは車椅子の舞子が、妹を心配するあまり施設に入所させようとする兄に、一人暮らしをしながら街で生きて行く決意を訴えながら、その葛藤の中で人々から支えられながら自立していく、というもの。脚本家も障害者なので、描写が大変生々しくリアルだが、要所要所に笑いを忘れない部分が技だなあと思わせる仕上がりになっている。

障害者だから、という理由でなく、人間として彼らは輝いている。何せ嫌々やってる人がいない。みんな目がキラキラしている。

後半の講演会では森島恵さんと一緒におこがましくもバリアフリーについてしゃべった。

私は障害者じゃないし、大きな病気や怪我をしたこともない、学校で落ちこぼれたこともない。そんな人間が語るべきことでは無いかも知れない。

だけど私は彼らとつながってしまった。彼らに教えて貰ったことが沢山ある。それはみんな普通だということや、誰も必要以上のものなんて望んではいないということ。他にもいっぱい。

身障者は目立つ。だから是非ともその目立つ人々と話してみてください。彼らは先生です。痛みや苦しみをとても近くで感じているので、自己の存在を考えるエキスパートなんです。色んな施設の皆さんとお会いしたけれど、意地悪な障害者は見たことがありません。痛みを知ってる人は果てしなく優しいのです。

見えやすいところから積極的に語りかけてみましょう。そのうち見えにくい悲しみや痛みに目が届くようになります。

世の中の悲しみ苦しみを減らしていくのは、私も含めみんなの仕事です。頑張っていきましょう。


これから2時間照れてます(笑)。
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  • たつや「前向きに生きてる障がいを持った人たち(身体障がいだけでなく知的だったり精神だったり)と接するとバイタリティーを感じるとともに自分のあり方を情けなく思うことがあります。みんなが普通に楽しく生きていける世の中を作りたいですね。」
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アホで気持ちの良い大人 / AKIRA -2009年10月27日 10時37分-
中高年でヘンコな人(オッサン多め)の心のオアシス・どない屋。常連さんにはアホで気持ちの良い人が多い。

まあ、店やってる本人たちがそういう人たちだからこそだろう。

アホ、と言っても頭が悪い、という意味じゃない。全員思慮と思いやりに溢れてる人たちだ。プラスそれぞれの人が他の人にない一芸に秀でている。


のに!!


共通してみんなどこか抜けてたり、力の入れどころを明らかに間違えてたりする。そんなギャップにいつも満ちているどない屋には、笑いの絶えることがない。

お腹抱えて笑えることって歳とともに少なくなる。でもいい歳したオッサンが束になって笑い転げている場面は実に気持ちがいい。

今世の中に必要なんはこういう人のつながり方やと思います。

どない屋万歳。
どない屋よ永遠なれ。


普通おかずの上にゴハンは載せない。
でもどない屋の常連さんにはこういう食べ方をする人がいる。
名づけて「白めしどんぶり」!!!
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  • みさこ「どない屋〜♪おいしそ」
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成長 / AKIRA -2009年10月26日 19時2分-
昨日は初めてのキッズゴスペル発表会。今まで体験したこての無い緊張で先週はあまり眠れなかった。
「本番ちゃんと歌えるんだろうか」とか、おうちの方やお客様に楽しんでもらえる会にできるか、とか、恐ろしい一週間だった。

一緒にステージを務める以上は子どもたちと私は一心同体。子どものミスは自分のミス、子どもの恥は自分の恥。

とにかく今可能なことは全力でやった。そして子どもたちはしっかりそれに全力で応えてくれた。

子どもにもそれぞれ個性があり、最初から歌に必要な全ての要素が揃っている子ばかりが集まる筈もなく、どの子にも劣等感を感じさせることなく歌に向かわせることに心を砕いて来た半年。楽しい、を無くしたら歌の値打ちはなくなる、というのが私の持論なので、結構苦労もあった。


しかし、そんな先生の気苦労お構いなしに子どもたちはどんどん成長していた。そして気付けば子どもたちの中に自然と役割分担が出来ていた。

勿論個性に応じて課題を与えてきたし、どの子にもその都度それぞれの声やキャラクターにおける魅力は伝えて来たが、子どもながらにそれを認識し、その役割を担おうと一生懸命頑張ってくれている。しかも、こっちが口出ししなくても、自分たちでそれをしようとしている。

すごい。
感動する。


こんなレッスンになればいいな、と思っていた理想が目の前にある。この子たちはまだまだ伸びる。伸びようとしている。


発表会は無事終了。そして明らかに今日のレッスンに来た子どもたちの顔つきは違っていた。


先生、次はどんな曲やる?
もっともっと歌いたい。


って顔に書いている。

本当に嬉しい。

教えてるつもりが子どもたちから沢山教えてもらっている。

よし、後期はさらにハードルを高くしてみよう。あの子らはきっとやってくれる。


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エネルギーの無駄遣い / AKIRA -2009年10月25日 0時5分-
エコがブームになって、世の中では「もったいない」が合い言葉になっている。

でもまあそんなに騒がなくても、節約はした方が良いに決まってるし、わざわざ無駄遣いを好んでする人もあるまいに。

要らんもんにお金を遣わない。お金節約して創意工夫を楽しむ。そういう心掛けひとつでエコに繋がり創作に繋がる。財布にもやさしい。今の不景気は、かつてなら無い中から庶民があらゆる知恵を絞って生み出していた本来の力を呼び覚ますにはよい機会なのかも知れない。


本当の無駄遣いは、惰性の中にあると思う。「面倒くさい」、こう思ってしまうのが一番無駄。面倒くささを回避するにはお金がかかる。

あと嫉妬。これは完全に時間の無駄遣い。人をこき下ろしてる暇があれば、自分を向上させる為に時間を使った方が楽しいし美しい。


そしてこれは自分にも当てはまるが、腹を立てること。怒る、って大変エネルギーの要ることで、地震やら火山の噴火みたく、膨大なエネルギーが使われた割にあまり良いことは残らない。これは大変な無駄遣いである。また怒った後に後悔を残す場合、不快感を与えてしまった相手や周囲の人に気を遣わなければならず、またそこで無駄なエネルギーが要る。いくら美味しいものを食べて栄養あるものを食べても、こんな風にエネルギーが使われてはもったいない。

疑問や折り合わないことがあるのなら、別に腹を立てずに思ってることをしっかり相手に伝えれば良い。それだけの事だ。


心の中の無駄が、実は財布にも生活にも環境にも一番良くないんじゃないかなと思う。


最近、腹を立てる前に考えることにしている。ストレスが少なくて済むから得した気分になる。その変わり、楽しいことに惜しみなくエネルギーを使う。生き金同様、生きたエネルギーを回した方が間違いなく誰かにもいい影響を与えるのは明らかだ。


ストレスは外部から来るものではなく、意外と自分が作ってしまっている物なのかも。


って、今日えらく立腹していた友人の話を聞いてて、そのやり取りのなかで考えた。


しかし、アフリカ人は凄いよな。拭っても拭っても拭いきれない怒り(私らが日常レベルで言うところの怒りなんかとは到底比較にならない怒り)を、あんなに楽しい音楽にしてしまったんだから。ブルースもジャズもサンバも、根源には怒りと絶望があり、でも楽しまなければ生きて行けないからきっとああいう音楽になったんだ。

ひたすら敬服あるのみ。
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  • 朋「アキラさんの日記には、いつもいつも励まされてます。 ヘコむたびに、「焦るな、朋!!急げ!!まだ上がれる!!」って、自分を応援出来るようになりました。 また、どないやで会えるといいな(*^_^*)」
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言葉の力 / AKIRA -2009年10月24日 0時0分-
言霊、という言葉があるように、
ことばは書いたり口にしたりすることで大きな力を持つようになる。

最近本を読む人の数が極端に減っているそうだ。
それは大変もったいない話だ。
実際、違和感のある文法が使用されている文章で書かれた本もあり、そういうものを読むと関西人の持病としてツッコミを入れるのに忙しく全然先へ進めないのだが、やはり「モノを書きたい」という人には細やかな感受性があり、何かしら心に響くことばを持っている人が多い。

ドリームキャッチャーも放送開始から2年を越え、その間多くのゲストの方にお越し頂いた。本気で何かをやって、その中で常に戦っている人はやはり素晴らしいことばを持っていらっしゃる方が多い。若いとか歳を重ねているとかは関係なく、きちんとした言葉で自分を表現できる人は素敵だと思う。

「愛があれば言葉は要らない」とか言うが、言葉は大切だ。
実際問題、国語力の欠如している子どもは教科全般にわたって成績が芳しくない傾向が強いのだ。(塾講してたから目の当たりにした。)子どもの語学力は、学校より塾より家庭の言語環境が一番影響するから、大人になった私たちには責任を持って言葉を使う務めがある。

葉をたくさん茂らせている木が豊かに見えるのと同じく、
言葉をたくさん持っている人は豊かな人に感じられる。

読書の秋です。
エブリボディ、本を読もう。
魂のある言葉をストックすることは心の浄化につながります。

私は今ルース・ベネディクトの「菊と刀」を読んでいます。
欧米人の目から見た日本人。なかなかエエところ突いて来ます。


そういえば、最近ハリー・ポッター読んでないな。。。
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歌えばええねん / AKIRA -2009年10月23日 13時22分-
最近人によくこのセリフを言っている。

「歌えばええねん。」


まあ、それはたまたま自分が歌っていることもあり、歌いたい人との出会いが多いからだが、歌に限らず、やりたいことはやればいいと思うのだ。

やらない人は愚痴が多い。自分自身もやっていない時には明らかに愚痴っぽくなる。人が不快に感じることは、絶対自分の体や心にも悪い。
だからやればいい。
自分の意志でやることは誰のせいにも出来ないから、愚痴も出ない。喜ぶのも落ち込むのも勉強であり、それが最高の見返りである。

責任感というのは、そういう部分から育まれるのかも知れない。

やれば色々なことが変わって面白い。やらなきゃ何も変わらない。

変化は、恐れる者に対して厳しく、受け入れようとする者に対しては親切である。変化を受け入れる器であってこそ、普遍的なものの価値が理解出来る。


毎日体内では何億個の細胞が入れ替わっている。いくつもの細胞が昨日までを知らなかったり、明日からは存在しなかったりするわけだ。地球の長い歴史から考えると、私らが地球に生きているこの時間だって一瞬で、流れ星みたいなもんだ。何とか流星群を見てるつもりで、実は自分らの一生も地球外生物からおんなじように眺められてたりして。


そう考えると、つまらないことで一喜一憂しているよりは自分のやりたいことをやりたい時にやる方がいい。明らかに人に迷惑をかけることは勿論してはいけないけど。


やればええねん。
時間が許してくれる限りやればええねん。


人に言うてるようで、結局は自分に言うてることが多い。


まずは楽観。いずれやって来るしんどいことを乗り越えるための土台は楽観だ。何事も楽しめる人が一番強く、一番優しい。


晴れの日の昼下がりに書くような内容でないことに、読み返して改めてビックリする。しかも陽向にいるのに(笑)。

いや〜、ワシも耄碌したもんじゃわい。
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  • たくしま「そうですな、婆さんや。 細胞は一年で入れ替わるっていうしね。 (僕もグズグズ言うほうやし)歌うばい! 11/1、楽しみにしとります。 新しい歌、歌いにいくよ。」
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バンドの要 / AKIRA -2009年10月22日 19時19分-
今更ながら、バンドの要はドラムとベースだとしみじみ思います。私はスカスカサウンド(音圧よりリズム重視)愛好家なので、リズム隊がいい仕事をしている音楽を聴くとときめきます。


今、守山のブルーで子どもたちにボーカルレッスンをさせて貰ってるんですが、その発表会の為の音源を打ち込みで作っています。でも小生はめっぽう機械に弱いので、結局ドラム以外は生演奏の録音になってしまってます。機械ワケ分からんし、仕方がないので自分でベースを弾いていたら無性に楽しくなって来て、ベース弦を買ってしまいました。実にベースを買ってから初めて弦を張り替えました。バンド始めたばかりの高校生の気分です。


ベースって、隙間の感じ方を色々楽しめる楽器で、ちょっとリズムの取り方変えてみるだけで曲全体の印象が変わってしまう、実は恐るべき楽器でもあります。バンドをやってる人は、ベースの人の機嫌を損ねないように注意したほうがいいと思います(笑)。


他の楽器を触り始めると、自分がマイクに向かうまでに自分以外の人のたくさんの取り組みがあることに改めて気づかされます。こんな風にして歌は愛され担ぎ上げられているんだと。


自分が実際やってみないと分からない気持ちというのは、30年生きていてもまだまだあるんですね。

音楽すきで良かった。


そうそう、すき、と言えば、私の大好きなソウルメイトで唄うたい・やまぐちあい率いる縫nui(Gt.末富拓、Sax.LiLi)が待望のCDを発売しました!!是非とも聴いてみてください。

検索は…

やまぐちあい


リンクからも行けますので是非覗いてみてくださいね。
- コメント -
  • ai「はりゃま!あきおちゃん 早速書いてくれてありがとう(^^) たくさんのよいものをよいかたちで創ってゆけるよう、日々精進します! 」
  • なんこう「是非!買いたいです。 どない屋に何百枚か送っておくれ!」
  • びば「あいちゃんのCD、どないで買えるとありがたいです。 よろしく!」
  • akira「なんこうさん、びばさん> どない屋にもおきますね。 とりあえず出来次第10枚ということで注文しておきました。」
  • ぽーるまかとに「僕。ベースはじめようかな。 はい!」
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消えない虹 / AKIRA -2009年10月21日 0時52分-
降り続く雨が無いのと同じく、
晴天ばかりは続くはずが無い。
なのになぜ、取り立てて雨が降ったことを人は気に病むんだろう。

雨が降らなければ虹には会えない。
でも光も射さなきゃ虹には会えない。

悲しみと喜びの交差点にこそ希望がある。

目先の悲しみに絶望しないで。
目先の快楽に有頂天にならないで。

悲しんでるあなたの隣で誰かが笑っているかもしれないし、
笑っているあなたの隣で誰かが泣いているかもしれない。

笑顔と涙の交差点にこそ出会いがある。

私たちはそんな出会いの中で互いに影響しあって、
誰もが息を呑むような、美しい虹になれる。

いつも誰かを思いやれる人でありたい。
- コメント -
  • いけヤン「笑顔と涙の交差点か〜。 とても素敵なフレーズやな!(*^o^*) この世に生を受けて、その広い宇宙の中で巡り逢ったこと自体、すごい奇蹟なんやと思うわ。 そのことに感謝して、日々を大切に過ごさなければ! 」
  • やつ ゆうこ「はじめまして。 ニックネーム テンちゃんともうします。 よろしくお願いいたします。 絵のように美しい虹の写真に感動し、 おもわず、書き込みさせていただきました。 すてきっ。 実は、 京都「心処ありがとう」を検索していたら、 こちらにいきつきました。 【一粒ひとつぶ、その人の「何か」を感じながら 選んでくださる。まるで、宮崎はやおの映画に出てくる、薬屋の店主のよう・・】 ひきつけられました。 わたしは、 茨城県に住んでいますが、 差し支えなかったら、 「心処ありがとう」の 場所や、情報を教えていただけると、ありがたいです。 どうぞ、 よろしくお願いいたします。」
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書きたいことが / AKIRA -2009年10月20日 12時4分-
書きたいことがいっぱいあるのに全く追いつけておりません。
いつも覗いてくださっている皆さん、大変申し訳ありません。

手帳を見れば全部思い出せます。
だからぼちぼち書いていきます。

日記じゃないですね、追想ですね。もう(汗)。

でも全部覚えてます。
お会いした人も、その時お話していれば大抵どこでお会いしたかまで覚えてます。趣味・特技は「忘れずに居ること」です。

音楽をやっていると、本当に予期せず色んな方にお会いします。
偏り無く満遍なく色んなタイプの方と出会えるのが楽しいです。
自己責任でやってる仕事なので、腹立つ事も鬱陶しいことも全て自分の糧になり、最終的には喜びやエネルギーとなって自分自身に還元されます。

ただのいち人間なのに、たくさんの人からこんなに喜びと成長を与えていただいていることが何よりもありがたく何よりも嬉しいことです。

長年の友人がちょくちょく「死にたい」というメールを送ってきます。死ぬことを思えば、自分のちょっとしたあり方を変える方がずっと簡単です。でっかい成果や成功はいらないから、1日1回誰かを笑わせてください。それだけであなたの生きている価値があり、世の中の役に立ちます。

些細なことを喜べるのは、お金もかからないし自分も人も嬉しいし得です。ご飯食べて「美味しいな」、ウンチをして「すっきりした」、そんなレベルでオッケーだと思います。そういう喜び方が当たり前になってこそ次の喜びがやってくる、そういう循環で世の中が出来ているんだと最近つくづく思います。

おっと、まずい。
打ち合わせの約束の時間が迫っている。

ではまた。


うさぎさんに作ってもらったあきらちゃん人形。
細かいところまでご丁寧にありがとうございます!!




- コメント -
  • わかみ「いいこと言うな〜〜っ。。 再来週楽しみにしてます!」
  • うさぎ「あきらちゃん人形♪ 載せてくださってありがとうございます^^。 そして今日も元気いっぱいの歌声、ダンス^^?、 ありがとうございました。 とっても楽しかったです。 AKIRAさんの笑顔が伝染して、 ちびっこたちも笑顔いっぱいでしたね^^♪ 私もいっぱい元気いただきました。」
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魑魅魍魎の会 / AKIRA -2009年10月11日 18時37分-
Q1.宴会は好きな方だ。
はい。燃えます。

Q2.人が集まってパーッとやるのが好きな方だ。
はい、燃えます。

そんな人たちが30人ほど猪飼家にやってきた。
こんなに人がやってきたのは、婆ちゃんの葬式以来だ。

今日は猪飼家×どない屋合同企画のバーベキュー大会。
うちのパパも1週間くらい前からそわそわしていた。

今回のバーベキューで一番笑ったのは、お誘いかけて2日でこんだけの人数が集まったということである。ライブのお誘いをしても、こんなにすぐに人は集まりませんよね(笑)。どない屋の機動力恐るべし!!!

準備は前日から円ちゃんメグさんよねさんらが抜かりなく執り行ってくれていたので(通常営業よりもしっかりと)、お昼前に家を出た。前日に奈良から大津へわざわざ会いに来てくれたサポーターを何の前触れも無く突然バーベキューに誘い、一緒に行った。

14時からと言っていたのに、みんな前のりでやってくる。
なのに食材を積んだ円ちゃんがなかなか来ない。
さすが、陽気でまとまりの無い集団である(笑)。

円ちゃんを待ちながら、準備はどんどん進んでいく。
あと焼くだけやねんけど、って時に円ちゃん登場。
皆さん所狭しと準備も手伝ってくださって、いつしか乾杯することも忘れたままお肉に、シーフードに、グラタンに、野菜に箸が伸びる。うちのオカンも炊き込みご飯を用意していて、知らない間におひつが空になっていた。

いつもの人、久しぶりの人。
楽しく話しているうちに酔いが回っちゃって・・・。

実はここからあんまり覚えてないんです。。。

自己紹介を無茶振りで始めたこと、演奏が始まって無茶振り指名を乱射していたこと、ブルーシートに包まれて寝ている人がいたこと、のもちゃんが高槻音頭を高らかに歌っていたこと、かなちゃんが酔っ払って悪い女に変身していたこと、たなぼんのドラムがいいサウンドしてたこと。。。ぼちぼち思い出してきたのでまた書きます。



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