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お狸さん / AKIRA - 2006-11-08 15:21:56
信楽に行ったのは小学校以来だ。
意外にも滋賀県って広くって、ところ変われば文化も違う。
雪深い地域は屋根の傾斜が急だし、南部に行けばフラット屋根の家が多かったりする。畑に植えられた作物も、ちょっとずつ違ったり。

信楽と言えば狸の置物の生産で有名。かつて、天智天皇による紫香楽宮造営計画もあった歴史のある街である。その時代の名残であろう、全国でも有名な窯の街である。

そんな信楽へ、別に狸を見に行ったわけじゃなくライブをしに行った。slam&slamイン信楽病院★
今日のお客様(いや、一応うちらがお客様としてお招きいただいたんだけど、ライブを見てくださる方は誰でもお客様と思ってしまう。)は重度の障害を持つ子どもたちとその家族、先生たちである。子どもたちに伝えられるのは熱意、エネルギー、多分それだけである。だからごまかしなんか効かない。

今日のライブはホントに燃えた。いつも燃えてるが、珍しく汗をかいた。子どもたちが微笑したり、体を激しく揺さぶったりする姿を見ると嬉しくてついつい乗ってしまう。こういう場所では、お互いが生きているということ以外はさして重要でないので、いつも被っている無駄なものがポロポロ剥がれ落ちていくようなすがすがしい気持ちになるのである。

終演後、子どもたちと先生のダンスを楽しみ、お土産の手乗りお狸さんをもらって帰る。いい日でした。


〜〜〜〜〜〜後日譚〜〜〜〜〜〜
この日のライブ終了後、円ちゃんの手を握り締めて「ありがとう」を連呼し、号泣されたお父さんがいた。
先生からも円ちゃんに電話があり「あのお父さんが本当に喜んで院にも電話をくれました」ということだったらしい。

そのお父さんが、あくる日亡くなられた。
自殺だったそうだ。
円ちゃんはライブ三昧だった私にしばらくそれを隠していたが、ある日そのことを私に告げた。
それを聴いたとき、私は頭が真っ白になった。

お父さんは故あって、一人で子どもの世話をしていたらしい。ご本人も潰瘍を患ったりと、結構精神的にも参ってらっしゃったそうだ。そんな時にslam&slamはお父さんと出会った。
お父さんの涙は本物だった。しゃくりあげて泣いていたお父さん。彼が勇気を持って踏み出した一歩が生ではなく死だったのが本当に残念だが、それを選んだことが悪いとは私には言えない。
人知れずに咲く悲しみの花が、この世界にはまだまだたくさんあるのだなと思い知らされた。

私は歌い続けなくてはならない。
改めてそう強く感じた。
次は生きることを選んでもらえるように。

お父さんのご冥福をお祈りします。
- コメント -
  • hiroyan - 「「生きることを選んでもらえるように」だね。 人の心は深い。それでもって繊細だ。 だからこそ、大切にしないとね。 歌い続けてください。」-2006-12-14 02:19:07
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