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音読 / AKIRA - 2010-03-05 00:10:18
私は子どもの頃から読書が好きである。本さえあれば何も要らないってくらい無類の本好きなのだ。

最近活字離れが進んでいるらしいが、それは「活字を正しく読むテスト」とかをさせるからいかんのだ。それを書いた人が切り離されてしまう。登場人物ごっこをやったり、本を書いた人物を勝手に想像してその人になりきって遊べば面白いのだ。活字って映像や音声などの余計な情報が無いだけに、自分の勝手気ままな演出で楽しめて面白いのよ。ましてや人の書いたものやしね。


この想像的過程を経てこそ音読が楽しくなって来る。最近家で1人で音読している。発音発声練習には持って来いやし、何か途中から変身願望がムクムク頭をもたげて来て、誰かになりきるのが楽しい。

黙読より音読の方が細胞にまで感受性が染み渡る感じがある。これがまた堪らん気持ちいい。

言葉って、人とコミュニケーションをはかるために作られた道具やから、使える言葉が多ければ多いほど、深ければ深いほどコミュニケーションの濃度に反映して来るわけである。「面接を受けなあかんから正しく話す術を身につける」というのも変な話で、出会う人と楽しく愉快な思い出を作って「ああ嬉しいな」と思いたいから、言葉を習得する、っていう考え方の方が本当は正しい気がする。

最近自分が言葉と行間にある感情にデリケートなのは、自分の周りの愛すべき友人たちに、より良いコミュニケーションを取るための言葉を積極的に探す努力をしている人が多いせいだろう。大変ありがたい環境にいることをハッピーに感じる。

春雨の降り止んだ隙間にふとそんなことを思った。
- コメント -
  • びば - 「、最近、カラオケで歌を歌わずに歌詞を読んでます。歌うと読むと歌詞の意味の受け取り方やイメージがすごく変わります。変な楽しみ方ですが。 」-2010-03-05 07:53:41
  • あきら - 「びばさん> ありだと思います!!!勝手にメロディーを変えるのも楽しいです。」-2010-03-05 11:44:51
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