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その通り / AKIRA - 2009-12-02 20:06:40
今日はゴスペルレッスン中高年編。キッズゴスペルとは違い、正真正銘バプテスマを受けられたクリスチャンの皆さんにゴスペル、すなわち福音を教えるという緊張感みなぎる午後。

この会の皆さんは、毎週の聖書の勉強会の日のうち月一回レッスンを受講してくださっている。レッスンまでの日々は勉強のために聖書を読んでいる。

私ゃ何の疑問もなく、家が浄土宗なので仏教徒としてここまで来た。と言うても、ご先祖さんや家族を大事にしよう、人の喜ぶことを進んでやろう、くらいの信心である。

まさかキリスト教とこの人生でご縁があるとは夢にも思わなかったが、ゴスペルレッスンを機に、勉強会に参加させてもらうようになった。

流石は世界三大宗教。聖書は奥が深い。イエスの言葉は抽象的な表現が多いが、紐解くと結構シンプル。それこそ「自分を愛するように人も愛そう」、「持ちすぎは良くない。喜んで他人に差し出せ」とか、人が本当にその通り生きられたら不幸な人間はいないだろう、と思うような内容だ。

残念ながら、人間には原罪があるからなかなか上手くはいかない。強欲、羨望、妬み、支配欲、憎しみなど。

今日の勉強会では、凄くよいフレーズが出た。

「自分のした良い行いは忘れよう。それを覚えていることは見返りを期待する心につながって、不平不満の種になる。」


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私もそう思います!!

良い行いは、それを贈った相手から直接返ってこなくても、回りまわって最後には自分の所に返って来る。本当にそうなんですよね。ただし、「自分はこんな良いことしてん。」とか他人に言うと、その循環は途絶えてしまう。

良いことは陰でコソコソやるからこそ値打ちがあります。日本の変なところは金儲けをコソコソやって、良い行いを公言してしまう所。所謂恩に着せるってやつ。アメリカは金儲けは正々堂々(汚い事でも表で堂々とやりよる(笑))、良い行いはひそやかにって文化だったな。滞在一週間でもそれは感じた。これは信仰を持つ人々だからなのか。

良いことをどんどんやって、どんどん忘れよう。何て格好良い生き方だろう。

私の父親と誰カバの藤田たかしさんは、誰にも気づかれずに人のためになる事をして誰にも言わず、人のためにしたいう自覚も無いまま(笑)すぐに忘れてしまう素晴らしい人たちだ。こういう人々の価値は分かる人間には分かるのだ。埋もれた人間の中にこそ真理があると思う。

こんな中高年になれるといいな。
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