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ウッドストックへ / AKIRA - 2009-11-28 08:51:12

ロック史上に燦然と輝きながら名を残す20世紀最大のロックフェスティバル「ウッドストック」。ついに行きますよ行きますよ!!!
1つ重大な事実誤認があったことを、私のわがままを叶えるために色々調べてくださったkeiさんから聞かされた。
「ウッドストックフェスって、ウッドストックの町では行われてへんねんで〜。べセルって町であったんだって。」
それは知らなんだ!!!何でも当初予定していたウッドストックで住民の反対により開催できなくなったので、べセルの農場に場所を借り、名前だけはウッドストックを使ったらしい。
keiさんが車を出してくださって、ハイウェイでマンハッタンを抜けて北上。ニューヨーク州と一言で言えど広く、べセルまでは2時間、約160マイルの旅だった。(滋賀〜静岡くらい。往復で320マイル。keiさんごめんなさい!!!)
マンハッタンとは異なり、肌を切るような冷たい風が吹きすさぶ広大な農地の真ん中に、ぽつんとその建物はあった。他にはな〜〜〜んにもない。ウッドストック40周年を記念して、このべセルにミュージアムとコンサートホールが作られたそうだ。
このミュージアム、すごいです。まさに60's。
もうこの時代が好きで好きでたまらん人らが贅を尽くして作り上げた渾身のミュージアムだ。ペイントが施された車やバス、色とりどりの花の形のライトが降り注ぐフロア、ミニシアター、大スクリーンで映し出されるジャニスの叫び!!!
たまらんっす。感涙もんです。
ここで働いている人たちは、多分あの時代を生きた爺さんばあさんたち。ボランティアで働いているようだが、みんな顔がいきいきしている。それは、あの時燃えた記憶がそのまま心に生きているからなのだろう。
40年前のあの3日間を燃やし尽くした人々の、未だ熱を失わない魂のかけらが、だだっ広い農場のあちこちに、まだきらきら光りながら散らばっているのは間違いなかった。
私の生まれる10年前の出来事だった。
でも10年後に生まれた私にもその魂のかけらは入り込み、私を虜にした。
ウッドストックは色あせない。
これからもずっと、燦然と輝き続ける。
1つ重大な事実誤認があったことを、私のわがままを叶えるために色々調べてくださったkeiさんから聞かされた。
「ウッドストックフェスって、ウッドストックの町では行われてへんねんで〜。べセルって町であったんだって。」
それは知らなんだ!!!何でも当初予定していたウッドストックで住民の反対により開催できなくなったので、べセルの農場に場所を借り、名前だけはウッドストックを使ったらしい。
keiさんが車を出してくださって、ハイウェイでマンハッタンを抜けて北上。ニューヨーク州と一言で言えど広く、べセルまでは2時間、約160マイルの旅だった。(滋賀〜静岡くらい。往復で320マイル。keiさんごめんなさい!!!)
マンハッタンとは異なり、肌を切るような冷たい風が吹きすさぶ広大な農地の真ん中に、ぽつんとその建物はあった。他にはな〜〜〜んにもない。ウッドストック40周年を記念して、このべセルにミュージアムとコンサートホールが作られたそうだ。
このミュージアム、すごいです。まさに60's。
もうこの時代が好きで好きでたまらん人らが贅を尽くして作り上げた渾身のミュージアムだ。ペイントが施された車やバス、色とりどりの花の形のライトが降り注ぐフロア、ミニシアター、大スクリーンで映し出されるジャニスの叫び!!!
たまらんっす。感涙もんです。
ここで働いている人たちは、多分あの時代を生きた爺さんばあさんたち。ボランティアで働いているようだが、みんな顔がいきいきしている。それは、あの時燃えた記憶がそのまま心に生きているからなのだろう。
40年前のあの3日間を燃やし尽くした人々の、未だ熱を失わない魂のかけらが、だだっ広い農場のあちこちに、まだきらきら光りながら散らばっているのは間違いなかった。
私の生まれる10年前の出来事だった。
でも10年後に生まれた私にもその魂のかけらは入り込み、私を虜にした。
ウッドストックは色あせない。
これからもずっと、燦然と輝き続ける。
- コメント -
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奇妙なオヤジ - 「ベゼルの名前も残しといたら街おこしになったのに。
しかし、これぞ無形世界遺産だわ。
」-2009-12-10 02:41:15








